今頃昨年の夏の旅行の報告[その2・黒島]

さて2010年の夏の旅行の報告、2回目は5泊した黒島です。

黒島滞在中は環境省の「黒島ビジターセンター」と日本ウミガメ協議会の「黒島研究所」を見学した他、時間が空いたときは毎日、仲本海岸でスノーケリングを楽しみ、ダイビングサービスの「シーライト」さんにお願いしてスクーバダイビングと、パナリ島(新城島)のスノーケリングツアーも楽しませていただきました。

また偶然ではありますが、滞在が旧盆の期間と重なったものですから(残念ながらアンガマは見逃したのですが(^_^;;)、旧盆空けの仲本の獅子舞まで堪能してまいりました。

そこで、まずはその環境省の「黒島ビジターセンター」から。




こちらがその「ビジターセンター」の入口。「入場無料」の看板が掲げてあります。


かつて琉球王朝時代に置かれていた番所の跡地に立てられている施設で、後述する豊年祭の行われる宮里海岸のすぐ近く、琉球王朝時代に連絡用の狼煙を上げたプズマリが「ビジターセンター」の裏手にあります。環境省が設置した施設で、名称も「環境省 黒島ビジターセンター」となっているのですが、実際の運営は地元に任されているようで、かなりフリーダムな(笑)雰囲気。どんな様子かは、私が何か書くよりも、むしろ他のビジターの方のブログをご覧いただいた方が雰囲気が良く伝わるでしょう(↓)。

女の爆想日記(2006/04/30 やさぐれ女一人旅〜黒島・ビジターセンター編)

実は私たち家族は、既に少なくとも6回以上、黒島を訪れているのですが、実際にビジターセンターを訪れたのは、今回が初めてでした。申し訳なしm(_*_)m。

中の作りは「さすが環境省」という感じで、館内は決して広くはないのですが、展示は大変綺麗な、立派なものでした。


ただ今回、改めて私自身が感じたのですが、私という人間はどうも、展示などの外見が立派に整えられれば整えられるほど、中身に対する興味を失っていくようですね(苦笑)。むしろ展示は手作りで、いい加減なくらいな方が嬉しい。黒島ビジターセンターの展示も、展示物には非常に貴重なものがあったと思うのですが、展示のスタイルというか手法というか、そういうものがいかにも「お役所(環境省)が作りました。」という感じで、何か黒島の土地柄には似合っていないように感じてしまいました。

一方、店番(?)の方の対応は、もちろん、それが都会の真ん中であれば「いい加減だ!」と怒られてしまうのかもしれませんが、黒島なら却ってその方が自然な感じがします(苦笑)。私なんか、「やっぱりオヤジには説明してくれないのかなあ…?」とか、心の中で思いながらも、「しょうがねぇなあ…。まあ良いや。」と納得してしまう(ちょっと寂しかったのは事実ですが。笑)。そういう、「いかにも観光地然」としていないところが黒島の魅力なので、その黒島に都会の施設と同じような、サービスたっぷりのビジターセンターがあったりしたら、それはそれで逆に私などは違和感を感じるのではないかとも思いました。

それから、こちらが、ビジターセンターの横に昨年(2010年)、新造された龍爬船と、同じく新築された倉庫。毎年の豊年祭に使用されるもので、昨年(2010年)8月、初めて使用された船です。


この龍爬船の新造と倉庫の新築については、こちら(↓)をご覧下さい。

黒島ドットネット Blog 爬龍船建造作業

実は私は2006年にこの豊年祭を見学させていただいたことがあって、その祭に大変な感銘を受けましたので、今回の新造に際しては私も一口、寄付させていただきました。

これがその時、5年前の写真です(↓)。この時には(当たり前ですが(^_^;;)今回新造された龍爬船ではなく、まだ古い、黒塗りの龍爬船が使われていました。


このお祭りのハイライトは二艘ずつの龍爬船の競漕なのですが、この時の光景は今でも私の記憶に鮮明に残っていて、忘れられないですね。龍爬船が沖に出た後、周囲の見物たちの中からワラワラと、いつもより少し着飾った感じのオバアたちが現れて、何かに吸い寄せられるように浜辺の中央へ集まり、沖から浜辺へとに向けて舳先を回した龍爬船と、そこから飛び降りて駆けて来るウーニー(各々の龍爬船の代表者。上の写真で逞しい後姿を見せている青年がそうです。)に向かって両手を挙げ、浜辺へ、浜辺へと手招き(?)を始めたのです。


それは直接的には、龍爬船の漕ぎ手やウーニーに対する応援なのでしょうけれども、私には、単に応援のためだけの手招きとは思えませんでした。それよりもむしろ彼女たちは本当に、この島へと、海の向うからの「福(かりゆし)」を招こうとしている。そう感じられました。


半ば夢中で、しかし動き自体はあくまでもゆったりと、大きく手招きを繰り返すオバアたちの仕草は、どこかエロティックでもあり、まるで海の向から訪れる神を誘惑しようとしているかのようでもあります。オバアたちはその後、ウーニーがゴールすると、逞しい裸体にふんどしを締めた彼を取り囲んでその勝利を称え、それはやがてウーニーを中心とした巻き踊りの輪へと変わっていくのですが、それはやはり、私の目には、海の向うからやってきた神と、島の女たちとの饗宴そのものに見えました。


私はこの時、「この祭りは生きている。」と感じたものです。


そしてその、4年前の豊年祭に使われた龍爬船がこちら。新しい船は出来ましたが、役目を終えたこちらの古い船も、ビジターセンターの裏手に残されています。


以前の船は真っ黒に塗られていたのに今回の新造船は木目がそのままですので、「色は塗らなくて良いのですか?」と聞きましたら、実は本来は色は塗らないものだったのだそうです。ところが、古い船は水漏れが酷くなって修理を繰り返したために、それを隠すために黒く塗ってあったのだとか(苦笑)。

お祭りに使う船の色なんてきちんと決められているものかと思っていましたが、黒島のお祭りの場合にはそうでもないらしい(^_^;;。そうした融通無碍なところも逆に、このお祭りが「生きている」ところなのではないかと思います。

またこの新しい龍爬船の建造ですが、上記の「黒島ドットネット Blog」によりますと、今回の建造に際しては、全国から、予定の500万円を大きく上回る寄付が集まったのだとか。この不景気の時代に、それだけの寄付が集まったと言うのは驚くべきことですが、そのことが何よりも、このお祭りが「生きている」ことの“証拠”でしょう。

実際、この「黒島ドットネット Blog」で情報発信している黒島の民宿「なかた荘さんなどは、5年前、豊年祭とは知らずにこの時期の宿泊の予約をお願いしようとしましたら、「豊年祭で船を漕ぐので、その期間の民宿の営業はお休みしているんですよ。」と断られてしまいましてね(苦笑)。それで結局、別の民宿に泊まつたのですが、それはこの祭りに関わる人々にとって、このお祭りが観光客を呼び込むためのものではないということの、何よりの証拠だと思いますし、この島の祭りが単なる儀式や形式として残されているのではなくて、そこに本当に、島の人々とその日々の暮らしの繁栄を祈る、真摯な気持ちが込められている。そのことの表れだろう。そんなことを感じました。

この『サンゴ礁年漂流記』は、単純に言ってしまえば、サンゴ礁の保全が中心テーマのプログサイトな訳ですから、「サンゴ礁保全とお祭りとは関係ないだろう?」とお感じになる方がいらっしゃるかも知れませんが、美しいサンゴ礁の海岸が守られなければ、この祭りを続けていくことは出来ません。またこの祭りを続けていくためには、島の暮らしが豊かで、幸福なものでなければなりません。ですから、島の自然と島の暮らしと島の祭りとは、本来は全てが一つに繋がっているものなんですよね。このつながりが何時までも上手く保たれると良いな。と、私は心の底から思っています。

でさて、次はその「黒島ビジターセンター」から程近い場所にある「黒島研究所」のご紹介です。

こちらは以前は財団法人海中公園センターの八重山海中公園研究所として設立・運営されていて、当時から私も何度か訪問したことがあったのですが、2002年に財団の解散に伴って運営が日本ウミガメ協議会に変わって以降、以前にも増して活発な活動がなされているようです。非常に喜ばしいことと思います。


こちらはその入口。前回のエントリーでも書きましたが、このときはデジカメの不調で写真があまり撮れませんでしたので、この写真(↑)は5年前(2006年)のものですが(子供がまだ小さくて可愛いですねぇ(^_^;;)、昨年訪れたときにも、基本的には変わりがありませんでした。


そしてこちらは展示室。「ビジターセンター」が黒島の民俗資料が中心の展示になっているのに対して、「黒島研究所」の展示は、民俗資料と共に、むしろ黒島の自然や生物に関する資料が中心となっています。(後ろの黒い棚の中身は全てサンゴの骨格標本です。このほかにウミガメの剥製標本などが展示されています。)
そういう意味では「ビジターセンター」と「黒島研究所」とは、お互いにお互いを補い合う関係になっているともいえるかもしれません。

また資料の展示室の反対側には水槽が並べられた部屋があり、ウミガメや、黒島の海で見ることの出来る海洋生物が飼育されています。いわば「黒島ミニ水族館」と言ったところ。飼育室の外にはウミガメが飼育されているプールがあり、受付で餌を買って、ウミガメに餌を与えることも出来ます。


これも5年前の写真ですが、大まかな雰囲気は昨年も変わりません。


これは昨年(2010年)の写真で、
黒島で観察できる生物の解説パネルがありました。

ただ今回、久しぶりに「黒島研究所」を訪れて「これは素晴らしいことだなあ。」と感じたのは、これらの展示とは別に、仲本海岸でスノーケリングをしたいという観光客に対して無料でライフジャケットの貸し出しをしてくれることと、仲本海岸の生きものマップを貸してくれることでした。


希望者はこのイラストガイドが印刷された下敷きを購入して帰ることも出来ます。
私ももちろん、買って帰りました(笑)。
裏面は上の「黒島の生物」の写真のような、黒島の海の生き物図鑑になっています。

黒島研究所のWEBサイトを拝見しますと、

>これは水難で亡くなられた方の親族と友人、レインウェア会社ヘリーハンセンの
>有志により提供されたもので、当研究所がボランティアで維持管理しています。

ということですから(→こちら)、第一義的には観光客の安全性の向上が主な目的なのでしょう。けれども私の目から見ますと、その貸し出し窓口が黒島研究所であるということが、他にはない、非常に大きなポイントなのではないかと思います。

つまりこれは、仲本海岸でのスノーケリングを目的に黒島に来た観光客の多くに対して、極めて自然な形で、しかも手軽に、黒島の自然や生きものに関する専門的な知識を得て帰るチャンスが与えられているわけで、そこが例えば、前回のエントリーでご紹介した竹富島の「ゆがふ館」などとは、全く異なる点です。観光客の自然な行動の中に、無理なく学習と成長の機会が組み込まれている。以前石垣島のビジターセンター」というエントリーで提案したことの、一つの理想形が、既にここに実現しているのを感じました。

で事実、私が研究所の見学をさせていただいた間にも、沢山の観光客の方がライフジャケットを借りに来ていて、その賑わいは私が以前、ここを訪れた時とは比較になりませんでした。またその中で(残念ながら全員ではありませんでしたが)かなりの人々が、たとえ「ついでに」ではあっても、研究所の展示や「ミニ水族館」の見学などをしたりしていたようです。外来生物として飼育されている孔雀の説明を見て、深く頷いている見学者の姿なども見ることが出来ました。

私も現在、いくつかの自然体験活動や自然観察会などのお手伝いをさせていただいていますが、自然体験や自然観察と言っても、ただ闇雲に「自然と触れ合う」ことをすれば、それだけで良いというものではありません。あらかじめある程度の予備知識を身につけたうえで海に入ったり、または、海に入った後で、改めて自分が実際に見てきたものを確認できるような機会があると、その時の自然観察や自然体験は、何倍も充実した、楽しくて知的興奮に満ちたものになります。

もちろん黒島研究所では、そうした自然観察・自然体験を可能にするマリンガイドの活動も行なっていらっしゃるのですが(→こちら)、全ての来島者・全ての観光客を研究所の方がガイドするわけには行きません。それでもせめて、研究所で黒島の自然と生きものに関するある程度の知識を身につけ、ガイドマップを手にして海に入れば、何の案内もなしにスノーケリングをするのとは全く違った経験が出来るでしょう。このような取り組みが是非、黒島以外でも、沖縄の様々な場所で行なわれるようになることを願って止みません。それこそが、本当の意味での「ビジターセンター」の機能ですし、「エコツーリズム」の拡大に繋がる活動なのではないでしょうか。

もちろん、黒島研究所でのライフジャケットの貸し出しについても、これが完璧と言うことではなく、「もっとこうしたら良いのに。もっとこんなことも出来るだろうに。」と思う部分がないではないですけれどもね。それでもやはり、今回の旅行の中でも最も(良い方の(^_^;;)印象に残った、素晴らしい取り組みでした。

黒島を訪れた人々やその他の人々が、この活動の素晴らしさにどれだけ気づいているかは分からないのですが、是非、もっともっと拡大&充実させて行っていただきたいものですね。

で、さて、この時の黒島滞在はちょうど旧盆の時期と重なりまして、アンガマは見逃したのですが(ちょうど到着日で、それまでの東京での仕事の疲れが抜けなかったものですから、アンガマがあることも忘れて早くに寝てしまったのです。苦笑)盆明けの獅子舞は見学することが出来ました。これ(↓)がその時の写真です。


この時の動画はYouTubeにもアップしましたので、こちらにも貼り付けておきます。



やはり黒島の民宿「のどか」さんのブログ(→こちら)によると、この動画の獅子舞は地元の中学生トリオによる獅子舞だったのだそうで、大変見事に演じられていましたので、周囲の大人たちからも盛んな拍手を浴びていました。「初めてであれだけ出来れば大­したものだ。」などと言っている方もいらっしゃいました。

獅子をリードする演者(?)を「ボーク」と呼ぶらしいのですが、私が見学をしていた時にも、私の前に座っていた小学生くらいの女の子が、おそらく観光客だろうと思われる青年に、「あれはボーク」などと解説をしてくれていて、こうしたお祭りが変に観光化することもなく、しっかりと若い世代に引き継がれているというのは、たいへん素晴らしいことだと思いました。

その上、実は私が非常に嬉しくて、「いかにも黒島らしいなあ…。」と感じたのは、獅子舞の後、その場にいた人全員に、島の人も観光客も隔てなく、泡盛と蒲鉾と塩とが振舞われたことです。これは例えば石垣みたいに人口の多いところではまず出来ないことですし(お金も掛かりますしねぇ。笑)、人口200人の黒島ならではのことでしょう。


泡盛と塩と蒲鉾は、獅子舞を取り仕切っていた長老たち(?)が最初に取り、
その後はその場の全員に振舞われました。


しかも、実は私たち一家が黒島のお祭りで振舞いを受けたのは、これが始めてではありません。
上に写真を載せた5年前の豊年祭の時にも、地元の人、黒島出身で里帰りした人、全く関係のない本土からの観光客、何の区別もなく、全員に、美味しいぜんざいが振舞われました。私など、「私みたいな何の関係もない人間がいただいても良いのかな?」と思って躊躇していると、「ぜんざい食べた?ほらほら、早く早く。」と進めてくれるくらいでした(^_^;;。
(この獅子舞の時にも、泡盛を進められて、私は下戸なものですから、お断りするのが大変申し訳なく思いました。)

これもやはり、私には、「お祭りが生きている。」と感じられる部分です。黒島の人々にして見れば、私たち家族などは通りすがりの、いち観光客に過ぎないのですが、そんな私たちもまた、島の人と同じように、祭りの参加者の一人として認めてくれる。単なる傍観者としてではなく、この祭りに福を呼び、またその福を分かち合う一人として参加させてくれる。

これはかつての日本のコミュニティなら、どこにでもあった感覚だったのではないかと思うのですけれども、日本全国で地域のコミュニティが失われて行くと同時に、祭りの生命力も衰退し、それが形式的なものへと変質していく中でどんどん、失われていってしまったのではないでしょうか。そしていつの間にか、「祭り」の中にも「演じる者」と「見る者」の区別が生まれ、その区別が、やがてコミュニティの内部の者と外部の者を隔てる壁として立ち上がってくる…。

ところがこの黒島にはまだまだ、その儀式化する前の、祭り本来のダイナミズムが残っている。私にはそう思われました。

もちろん、私はこの時、特に「エコツーリズム(←こちらは環境省が使う言葉)」や「グリーンツーリズム(←こちらは農水省が使う言葉)」を意識して黒島に行ったわけではありません。毎年この時期に八重山に旅行に行っていて、たまたま、その滞在期間とお盆やお祭りの期間が重なったために、このような体験をさせていただくことが出来たと言うだけのことなんですけれどもね。何か大袈裟なことを言わなくても、この時の私たち家族の旅行もまた、一つの「エコツーリズム」「グリーンツーリズム」だったんじゃないかと思います。

つまり、「エコツーリズム」や「グリーンツーリズム」の振興に必要なことは、立派な「ハコモノ」を作ることではないんじゃないかということですよね。私たち家族は去年(2010年)、まず黒島でこのような体験をして、その後、竹富島に渡って前回のエントリーに書いたような、「竹富島ビジターセンター」の様子などを見てきたものですから、二つの島での体験を比べて、そうした思いをより強くしました。

ということで、(あまり話のつながりはありませんが(^_^;;)最後はやはり、より「サンゴ礁」に近い話題と言うことで、スクーバダイビングした際に出合った「宙返りマンタ」の動画をご覧いただきたいと思います。


この時のポイントは「竜宮の根」。ガイドは「シーライト」さんにお願いしました。八重山のマンタといえば石垣島の「マンタスクランブル」が有名ですが、冬場には仲本沖などにも沢山のマンタが集まるのだそうです。でもこの時期、黒島の砂地のポイン­トでマンタに遭遇するのはたいへん珍しいことだとか。水深は−10m程度でした。

この前日には妻と一緒に潜っていたんですけどね。この日は私だけで、他にお客さんもいませんでしたので、このマンタを見たのはガイドしてくれた小倉巧さんと私だけでした。あ〜、もったいない(笑)。

[「その3・石垣島」につづく]


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