今頃昨年の夏の旅行の報告[その1・竹富島]

 さて昨年の9月12日のエントリーで予告したまま、まるまる1年近く放置している2010年の沖縄旅行の報告なのですが…(^_^;;。

既に完全にタイミングを逃してしまってはいるのですが(苦笑)、今年もまた、夏の旅行が近づいてきましたので、せめて1年たつ前に、私本人の記憶を掘り起こして忘れないようにする意味でも、出来るだけ簡単に振り返っておこうと思います。

それで、実際の旅行の日程とは異なるのですが、まずは帰りがけに立ち寄った竹富島観光で考えたことから。


昨年(2010年)の旅行では、黒島に滞在して海で遊んだ後に石垣島に3泊ほどして、その間に一日、竹富島に渡って、観光をしました。石垣島から観光船で10分ほど。ほとんどの観光客は、石垣島からの日帰り客でしょう。私にとっては大学生の時に3泊ほどして以来、30年ぶりの再訪でした。

ただ私にとっての最大の関心は「竹富島ビジターセンター・ゆがふ館」と「喜宝院蒐集館」でしたので、私たち親子は、竹富島に渡った観光客にとっての「定番」で ある「水牛車」(例えばこことかこことか)には乗っていません(苦笑)。いつも私に付き合わされて、“普通の観光旅行”が出来ない妻と子供は可哀想ですよねぇ…(^_^;;。

(いや、でもホントは乗ろうとしたんですけどね。自転車を借りて「ゆがふ館」と「喜宝院蒐集館」と、あと「竹富民芸館」なんかを見ていたら、すっかり時間が遅くなってしまって、すでに水牛車の申し込みが終わってしまったんですよ。妻子には申し訳ない事をしました。苦笑)

で、まずはこちらがまず最初に行った「竹富島ビジターセンター・ゆがふ館」。「エコツーリズム」の普及を狙う環境省が作った施設で、運営は地元の文化遺産の継承を目的として設立されたNPO法人「たきどぅん」が委託されています。新しくて非常に立派な施設です。





50人ほど(?)が入れるホールでは定期的に竹富島の自然や伝統文化などを紹介するVTRが流されていますし、島内散策マップの販売などもされています。


竹富島を訪れるのであれば、是非一度、立ち寄っていただきたいですね。さすが環境省が力を入れて作っただけのことはありますから、建物の内装も素晴らしいですし、展示も工夫されていて、「お金をかけているなあ…。」と感じさせます。


ところが問題は、港のすぐそばという、ちょっと考えるとこれ以上ない理想的な場所に建っているにも関わらず、私たち親子以外の見学者がほとんどいなかったことです。いざ竹富島に船が着くと、すぐ桟橋の横まで、水牛車やレンタサイクルの業者が送迎の車を乗り入れていて、来島した観光客を全部、車に乗せて連れ去ってしまうからです。おそらく、竹富島に渡った観光客のほとんどは、車の窓から見えた立派な建物が何であるかなどには全く関心を持たないまま、水牛車に乗って自転車を借りて、星砂の浜に行ってお土産を買って帰るのでしょう。

これでは折角の「ビジターセンター」がもったいないな。と感じます。

例えば送迎車の待機所を、「ゆがふ館」の裏庭あたりに作って、船が着いたら「水牛車や自転車をご利用の方はこちらへ」と、案内するようなシステムにすれば良いのではないでしょうか。(もちろん、お年寄りや身体の不自由な方に対する配慮は必要ですが。)

そして観光客の全員が「ゆがふ館」の前を歩いて通ったり、あるいは「ゆがふ館」の中を通って送迎車に乗るようにすれば、ついでにそこで様々な情報収集をして行くでしょうから、竹富島の自然や文化に対する来島者理解が深まります。そうすれば来島者の平均滞在時間や滞在中の支出が大幅に増える可能性もあるのではないかと思います。
それを、我れ先にお客さんを確保しようとするあまりに、桟橋まで送迎車を入れて、さっさとお客さんを車に詰め込んでしまうものだから、みすみす、観光客がより深く、竹富島の魅力を発見するチャンスをロスしているのです。

「エコツーリズム」は本来、自然や文化を深く味わうための旅ですから、いわゆる「ハコモノ」行政の発想とは対極にあって然るべきものです。ところがその「エコツーリズム」の旗振り役である環境省が、沖縄における「エコツーリズム」振興のシンボルとすべく作られたのであろう「ゆがふ館」が、結局は典型的な「ハコモノ」に成り下がっている。これはある種「象徴的なことだな。」と思いました。

もちろん、私はこの「ゆがふ館」を拠点とするNPO法人・「たきどぅん」の活動については、良く知りません。私の気付かなかった場所、知らないタイミングで、「ゆがふ館」の施設を活かした、素晴らしい活動が行なわれているのかもしれませんし、島内を自転車で回っている間にも、他の島では見かけない感じの、地元の高齢者と思われる方が観光ガイドをされている姿なども見かけました。下の写真はそういうガイドの方の姿ですが、「ゆがふ館」も、そういう方たちの活動拠点として活用されているのかもしれません。


ただ、私が一人の観光客として「ゆがふ館」を訪れた時には、私たち親子以外には訪れる人もいなくて、竹富島にはむしろ不釣合いな、「ハードだけが立派なビジターセンターだな。」という感想でした。
その私も、事前に情報を持っていたからこそ、わざわざ「ゆがふ館」に寄ったのですから、もしこの日の行動を妻や子供に任せていたとしたら、私自身、「ゆがふ館」の存在に気づかずにいたかもしれません。
「果たしてそれで良いのかな?」とは思ったことでした。


そしてこちらが「喜宝院蒐集館」。竹富島にある「日本最南端のお寺・喜宝院」に併設された、個人経営の博物館であり、竹富島の民具などの収集・展示館です。


正直、「ゆがふ館」とは180°雰囲気の違う施設で、でも私はこういうところは好きですよ(笑)。
施設や展示の工夫などの点では、「ゆがふ館」と比べるまでもありませんが(苦笑)、でも逆にその分、こうした資料を集め、展示しようとした人の“思い”が込められていると感じました。展示物にも一つ一つ、手書きの説明ラベルが付けられており、正直、お世辞にも「洗練されている」とは思いませんが(^_^;;、しかしその一つ一つを丁寧に見ていけば、その膨大な情報量には驚くばかりです。



残念ながら、こちらもさほど人気施設とは言えないようで(^_^;;、私たち親子の他にはもう一組の見学者がいただけでしたが、私たちが展示ケースを覗いていると、館長さん(?)が息子に話しかけてくれてきて、展示物の説明なども聞かせていただきました。
(でも結局、そういうことが大切なんだと思うんですよね。特に地域の民俗を伝えるためにはね。)


「蒐集館」はそのまま、「喜宝院」の本堂?にもなってまして、ご本尊を祭ってあるお厨子のすぐ脇あたりに、かつて棺桶を運ぶために使われた輿(こし)が展示(?)されていたりします(^_^;;。

現代の都市には健康な若者(?)ばかりが多くて、「老・病・死」はいずれも、普段は目に付かない所に隠されてしまっていますから、こういう展示を「気味が悪い」とお感じになる方もいらっしゃると思いますが(と言う私自身の妻がすでにそうですが(^_^;;)、年を取らない人はいないし、病気にならない人もいないし、死なない人もいないのですから、私たちは普段からもっと身近に、「老」や「病」や「死」に、親しんでおくべきでしょう。人の「死」に直面した時の振る舞いには、その人の価値観や人生観が如実に現れますから、私はこういう「葬」の風俗には常に、非常に興味・関心があります。人を葬る一連の手続きの中にこそ、何か非常に生々しい、生きている人間の手触りが感じられるように思うからです。


そして次に立ち寄ったのが「竹富民芸館」。「八重山ミンサー」「八重山上布」「グンボウ(交織)」「芭蕉布」などの、竹富島の伝統的な染色と機織りの技術を継承する後継者育成のための工房として開設された施設なのだそうですが、観光客の立場から見ると、あまり個性の感じられない観光施設の一つのようにも感じられてしまいます。もしかしたら施設が新しくて、キレイすぎるためかもしれないですね(苦笑)。


染色の材料なども展示してあり、私もちょうど草木染や貝紫染めなどに興味をもつていましたので、こういう説明ももう少し丁寧にしてもらえると嬉しいと思いました。


また自転車で回っている途中では、竹富島の公民館である「まちなみ館」にも立ち寄りました。



WEB上での紹介には、

>島内の各団体が…(中略)…ほとんど毎日のように利用しており、…(中略)…
>付設の展示室は、竹富島の集落景観や伝統家屋に関する情報を実物資料やパネルで
>展示している。

とありましたが(こちら)、展示室には鍵が掛けられており、中を覗いてもさほど利用されているような形跡はありません。


全国で初めて文化庁の新築事業として2000年に完成した施設なのだそうですが、まあお役所のやることはそんなもんですかねぇ…(苦笑)。
(もちろん、お祭りの時などには十分に利用されているのでしょうけれども…(^_^;;)


竹富島は観光ガイドブックなどを見ると、「赤瓦の屋根とサンゴ岩で出来た石垣、サンゴ砂を敷き詰めた白い道などが残されていて、他の地域では失われた古い八重山の暮らしを、そのままに感じさせてくれる」なんて調子で書かれていることが多いと思います。また実際、毎朝の道の清掃など、そのための努力がなされていることも事実なのですが、いざ本当に島に渡ってみると、確かに建物は赤瓦ですし、サンゴ岩の石垣もあるし、道もサンゴ砂を敷きつけた白い道ではあるのですが、ところがまず、その街並みの中を自転車で走り回る観光客の数の多いことに辟易とします。(←と書く私も、そうした観光客の一人なのですが(^_^;;)


そして確かに外見上は古い八重山の民家を模したお店の中に入ると、一転、クーラーがガンガンに効いていて、流行りの洋楽がBGMに流れていたりするのです。(今なら例えばレディー・ガガとかのね(^_^;;。)
そのお店の中から観光客がひしめいている表の通りを眺めて私は、「なんだか島全体がテーマパークみたいだな。」と感じました。

もちろん、竹富島の人たちが、古い美しい街並みを残そうとしているのは分かります。そして実際に残されてもいるのでしょう。

でも残されているのはその街並みの外見だけで、実際にそこで営まれている生活は、かつてその街並みを生み出したものとはすっかり違うものになってしまっています。竹富島の街並みは、かつてはそこで生業を営む人々の、日々の暮らしの中から生み出されたものだったはずなのですが、観光が最大の産業となってしまった現在の竹富島では、その「生活」と「街並み」とは切り離されてしまって、そして私たちのような観光客を呼び込むためだけに、もはや日々の生活とは何の関係もなくなってしまった「伝統的な街並み」や「伝統文化」が、出来るだけその外観だけは変えないように、残されている。これではある意味、(不適切な表現かもしれませんが)「やらせ」みたいなものじゃないか。島を挙げて“昔の八重山”を演じているだけじゃないか。そんな風に、私には感じられてなりませんでした。


もちろん、竹富島の皆様や、竹富島ファンの方々にしてみれば、「大きなお世話」ですし、失礼なことかもしれませんけどね(申し訳ありませんm(_*_)m。)

でも何か、竹富島にいる間、私には、そこで暮らす島民の皆さんの「生活臭」が感じられなくて、そのことがどうにも、私の居心地を悪くしていました。「なんだかんだ言っても、結局は観光のための島なんだな。」と感じてしまったのです。

そしてその竹富で、最も印象的な光景には、島でもNo.1の人気スポット、皆治浜(カイジハマ)で出合いました。

星の形をした「星砂」が採れるということから、「星砂の浜」と名づけられて人気が出た場所ですが、既に30年前、私が大学生の時にも、今では星砂が減ってしまったので、西表島から運んでいる。とのことでした。それで30年前にも行く気になれなくて、今回初めて足を運んでみたのですが、自転車やバスでやって来た観光客が、ガイドさんの説明に従って同じ場所でいっせいにしゃがみ込み、一列に並んで星砂を探す光景を見て、本当にショックを受けてしまいました。

2010/09/12のエントリーのエントリーでも書いたように、この時ちょうど、持っていたデジカメの調子が悪くなってしまって、撮影した写真のほとんどが失われてしまったのですが、かろうじて1枚の写真の、しかも上部の1/3だけが再生できましたので、少しだけでも、その雰囲気を感じていただけると幸いです。


星砂の正体については私がここで説明するまでもありませんが、有孔虫という現生の単細胞生物の殻で、サンゴ礁の島々の海岸を構成する砂の、かなりの割合を占めているものです。ところが最近では海洋汚染などによってその数が減り、そのために海岸侵食が起きている可能性があるという報告もあり、世界的にも注目されています。
(→こちらのエントリーなどもご覧下さい。あるいは、こちらのサイトなどにも、詳しい説明があります。)

しかも、実際に八重山に詳しい人なら誰でも知っているように、八重山で星砂が採れるのは、この「星砂の浜」だけではありません。それどころか、今では同じ竹富島の中でも、別の浜の方が沢山、しかも楽に、見つけることが出来たりするのです。

それであればむしろ、この星砂の浜/皆治浜では、
以前はこの場所で沢山の星砂が見られたが、環境変化などによって減少してしまった。それでもこの浜以外でもまだ、星砂を探すことはできるから、それぞれに挑戦して欲しい。
とでも説明すべきではないでしょうか。


「どうせそんなこと、普通の観光客は気にしないんだから、星砂が採れて喜ばれればそれで良いじゃないか。」とおっしゃる方がいるかもしれませんが、私は、こうした事情も知らずにこの浜に連れて来られて星砂を探した小さな子供たちが、「星砂を探すというのはこんなことなんだ。」と思い込んでしまうとしたら、それは「星砂」という生き物に対する決定的な誤解を刷り込む行為だと思いますし、何か取り返しのつかない欺瞞ではないかと思うのです。

少なくとも竹富島が本当に、下の写真の看板にあるように、
>環境保護と伝統文化の継承を地域づくりの柱にしています。
と主張するのであれば、そんなことを許してはいけないでしょう。


実は今、竹富島では、島外の資本も参加した大規模リゾート開発の計画を巡って、島民の意見を二分する問題が起きています。(ご興味をお持ちの方は→こちらをご覧下さい。)

島外でこの問題に注目している人の多くは、「島の土地や家などを島外者に売ったり無秩序に貸したりしない。」という「竹富島憲章」に照らして、「大規模開発は竹富島に相応しくない。」という意見の方が多いんじゃないかと思うのですが、実際に30年ぶりに竹富島に渡ってみて私はむしろ、「まあ、大規模リゾートが出来ても、それならそれで良いんじゃないの?」と感じました。

もちろん、島外の私が軽々しく口を出せる話ではありませんし、それこそ「大きなお世話」ですけどね(^_^;;。

でも今の竹富を「これが昔ながらの八重山の姿だ。」なんて言うくらいなら、いっそのこと大規模リゾートを受け入れて、「竹富島」ならぬ「タケトミーランド」にでもしてしまった方が潔いのではないか。その方がむしろ、何が「本物」で、何が「偽物」なのかが分かりやすくなるのではないか。こういう場合、たいていはリゾート開発反対の側に賛同することの多い私が、今回に限ってはそんな風にも感じたことも、ある一つの事実ではあります(苦笑)。


さてそんな竹富島でしたが、最後にご紹介するのは、個人的に、竹富島に行くのであれば絶対に見ておきたかった場所。「安里屋ユンタ」や「安里屋節」(→こちらをご覧下さい。)で有名な実在の美女・「安里屋クヤマ」の生家です。


現在の竹富島がどんな状況であれ、ここが「芸能の島」であり、八重山民謡を代表する名曲を生んだ土地であったことは間違いありません。30年ぶりに訪れた島は、やはり、私には余り魅力的な場所とは感じられませんでしたが、それでもこうして私の好きな歌に所縁のある人の生まれた家が残されており(まあ、実際の建物は建て替えられているのでしょうけれども(^_^;;)、歌の世界を少しでも身近に感じることが出来たのは、私にとっては嬉しいことではありました。
(ここで私が得意の「安里屋節」をご披露出来ないのが真に残念…。ウソです。私にはまだ歌えません。爆)

[「その2・黒島」につづく]


* * * しつこく【 P R 】(^_^;; * * *

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* * * 【 P R 】 * * *


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